アリストテレスにフラれたプラトンが残した言葉。「私を蹴飛ばして行ってしまった。まるで…」
天才の日常~アリストテレス<前篇>
いまも語り継がれる哲学者たちの言葉。自分たちには遠く及ぶことのない天才……そんなイメージがある。そんな「哲学者」はいかに生き、どのような日常を過ごしたのか? プラトンに学び、万学の祖と言われた「アリストテレス」に迫る<前篇>。
万学の祖「アリストテレス」
哲学だけでなく生物学、天文学、物理学……など、様々な研究を行ったアリストテレスは「万学の祖」と言われている。アレクサンドロス大王の家庭教師だったことも知られているアリストテレスの学問体系は、没後1000年以上経ったルネッサンスが始まった頃のヨーロッパでさえ、基礎となっていたほどだ。
哲学者アリストテレスとはどんな人物だったのだろうか。生涯は、マケドニアとの縁によって背負った宿命と外国人排斥の機運に翻弄されたものだった。
逸話には事欠かない。
足が細くて、目が小さく、髪が短く(あるいは禿頭)て、いつも派手な服と指輪を身に着けていたと言われている。
弁論が重要な哲学者でありながらあまり滑舌が良くなく、舌がもつれるような発音をしていた。 熱いオリーブ油を溜めた風呂に浸かり、使用済みのオリーブ油を売っていた。青銅の玉を手に握って眠り、床に置いた皿に玉が落ちた音で目覚めるようにした……。
そんなアリストテレスは紀元前384年に、マケドニア王国支配下のスタゲイロスという都市で生まれた。現代の「マケドニア共和国」は内陸にあるが、ギリシアでマケドニアと呼ばれた地域はエーゲ海北岸のあたりで、スタゲイロスも海沿いにある。